2009年10月30日

「零細出版人の遠吠え」から(30)=田悟恒雄

権力も心配するジャーナリズムの危機

貧すれば鈍する
 いつもはあまり目もくれずすっ飛ばしてしまう『The Asahi Shimbun Glove』に、「Media Watch:権力を監視するジャーナリズムの危機を権力が心配」(奥山俊宏)という面白いリポートが載っていました(October 19)。
 そこに、警察の不正を内部告発して解雇されたボルティモアの警察官が起こした訴訟のことが紹介されています。一審では原告敗訴に終わったのですが、二審の判事は、次のように述べて、一審判決を覆したといいます。

 「公務員の不正を明らかにするのに不可欠な調査報道は、手間ひまかかるために、そうでなくてもぜいたくだとみられているが、この〔メディア企業が経営的に〕難しい時期、ますます減らされており、官僚機構に対する監視はたいへん難しくなっている。…足で稼ぐ記者が減れば減るほど、記者に情報を提供する内部の情報源はますます大事になる。」

そう、近ごろ心配になるのは、そこなんです。マスメディアが経営的に苦しくなればなるほど、「貧すれば鈍する」で、こういったことにますます鈍感になって行くように思うのです。
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2009年10月09日

活字の海を漂って(27)=鈴木 耕

たまにはじっくり本の話を

 なんだか、このところ私の読書傾向がメチャクチャです。最近読んだ本をざっと挙げてみます。

 @『死刑のある国ニッポン』(森達也×藤井誠二、金曜日、2000円+税)
 A『叙情と闘争』(辻井喬、中央公論社、1800円+税)
 B『ミレニアム1(上下)』(スティーグ・ラーソン著、ヘレンハルメ美穂&岩澤雅利訳、早川書房、上下とも1619円+税)
 C『1968(上下)』(小熊英二、新曜社、上下とも6800円+税)
 D『夏への扉(新訳版)』(ロバート・ハインライン著、小尾芙佐訳、早川書房、1200円+税)
 E『蜘蛛の巣の中へ』(トマス・H・クック著、村松潔訳、文春文庫、638円+税)
 F『日本国憲法の二〇〇日』(半藤一利、文春文庫、590円+税)
 G『おはぐろとんぼ』(宇江佐真理、実業之日本社、1600円+税)
 H『城山三郎と久野収の「平和論」』(佐高信編、七つ森書館、1300円+税)
 I『水神(上下)』(帚木蓬生、新潮社、上下とも1500円+税)
 J『藪枯らし純次』(船戸与一、徳間書店、2100円+税)
 K『たぬき先生のゲンコ 子ども医者「日本の阿Q」を叱る』(毛利子来、金曜日、1400円+税)

 と、こういうラインナップです。自分でも何を考えているのか、首を傾げたくなります。しかしまあ、人間なんてもんはアッチコッチへ揺れながら、寄り道しながら歩いて行くもんだろうから、なんて妙な納得の仕方をしたりもしています。
 私はだいたい、いつも3冊ほどを同時並行的に読んでいます。それが私なりの、いつの間にか身についた読書法です。
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2009年10月07日

編集者の現場リポート=梅田正己

ベストセラー
『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』
と「田母神史観



 加藤陽子・東大文学部教授の『それでも、日本人は「戦争」を選んだ』(朝日出版社)が売れている。9月初めの広告では7万部とあったが、10月5日の広告では「10万部突破」と出ていた。
 低価格の新書や文庫でなく、四六判400ページ強、本体価格1700円の歴史書が、発刊わずか2カ月で(奥付の日付は7月30日)10万部をこえたのは、出版不況の今日、稀有の例にちがいない。

 売れるのはもちろん評判がいいからだ。広告には、いま「論壇」で最も登場頻度が高い佐藤優さんの評言が出ていた。
――歴史が「生き物」であることを実感させてくれる名著だ。(「文芸春秋」書評)

 ブログの書評で名高い(らしい)小飼弾さんの感想も出ていた。
――これは、すごい。はじめて「腑に落ちる」日本近現代史を読ませていただいた。

 広告だから当然とはいえ、大絶賛である。これらに誘導され、背中を押されて買い求める人も多いだろう。

 この本は、著者が神奈川県の著名な私立進学校・栄光学園で07〜08年の年末年始に5日間、約20人の高校生を相手に行なった講義がもとになっている。といっても、それから2年半もたって出版されたのだから、本にするに当たっては当然、十分に練り直して書き下ろされたものだろう。
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2009年09月29日

「零細出版人の遠吠え」から(29)=田悟恒雄
その罪を悔い改めるまで、しばし牢屋で…

 「棄民」

 9月12日(土)夜にフジTV系列で放送されたドキュラマ『戦場のメロディ』は、感動的な秀作でした。敗戦から7年経った1952年にもなお、戦犯としてフィリピンのモンテンルパ刑務所に囚われていた108人の元日本兵を、歌手の渡辺はま子らが救出した実話にもとづくドラマです。
 7年前に敗戦を迎え、その戦争首謀者らを裁く東京裁判も4年前に終わっているというのに、国の支援もなく、人知れず、ひたすら処刑の呼び出しに怯える日々を送っていた死刑囚たち。極東軍事法廷でA級戦犯のかどで巣鴨プリズンに囚われていた人々ですら、その多くがすでに48年末には釈放されていたのと比べると、まさに「棄民」と呼ぶにふさわしい落差です。
 しかし、これを単なる「美談」に終わらせてしまうのもいかがかと思います。
 渡辺の献身的な行動の動機は、「自分が歌で兵隊さんを戦地へ送り出してしまった」という、彼女なりの、いわば「戦争責任」を痛感したことにありました。そんな責任意識が「戦争犯罪を問われる人々の救出」に向けられたというのは、一見、パラドクシカルでもあります。
 渡辺らの「美談」は「美談」として、やはり、現地の人々への加害責任というのを、私たちは決して忘れてはならないでしょう。 続きを読む
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2009年09月07日

活字の海を漂って(26)=鈴木 耕

言葉に復讐された政治


 「発つ鳥跡を濁さず」という言い回しがあります。
 自民党のゴタゴタぶりを見ながら、そんな諺を思い出しました。権力から滑り落ちた途端に見せた醜態には、呆れて言葉もありません。濁しっぱなしじゃありませんか。
 私自身は、民主党のキナ臭さをかなり感じていますので(特に松下政経塾出身の議員たち)、今回の民主党の大勝利をもろ手を挙げて歓迎するという気分ではありませんが、それでも自民党のあまりのひどさ加減をみていると、これもまあ仕方のない結果だったな、と思います。

 麻生太郎という人物は、とても首相の器なんかではないと思っていましたが、最近の記者たちへのやけくそ気味の発言を聞いていて、まさにただの“バカタレ”だったことを確信しました。
 ある民放局は、さすがに呆れ果てたのか、または麻生首相のひどい部分だけを勝手な編集でピックアップしたと受け取られるのを避けたのか、アナウンサーが「麻生総理のぶら下がり会見の模様を“ノーカット”でお送りします」とわざわざ断ったあとでオンエアしていました。見ていて笑いました。その後で、いやあな気持ちになりました。この程度の人物が、我々の国の最高権力者だったのですね。

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2009年09月02日

JCJ出版部会10月例会へのご案内

出版界の地殻変動を読み解く─その2

いま雑誌が消滅する!
─現場で何が起きているか─


「論座」「月刊現代」「諸君」など、総合雑誌の休刊が相次いでいる。ビジュアル雑誌の「スタジオボイス」「エスクァイア」「マリ・クレール」も休刊。
雑誌文化が消滅する危機とまでいわれる。
鋭いルポやエッセイを寄稿してきた多くの論客、フリーランサー、エッセイストが活動の場を失う。一出版社の経営レベルにとどまらない。雑誌ジャーナリズム全体に関わる問題として、現場で何が起きているか、その実態を解明する。

講演 元木昌彦 氏
(元・「週刊現代」、前・オーマイニュース 編集長)

と き 10月16日(金)18時30分開会(18時開場)
ところ 岩波セミナールーム 
千代田区神田神保町2-1 岩波ブックセンター3F
    JR水道橋駅徒歩7分、神保町交差点そば
地下鉄「神保町」駅 A6出口徒歩1 分
参加費  500円(会員・学生300円)

《主催》日本ジャーナリスト会議(JCJ)出版部会
〒101-0064千代田区猿楽町1-4-8松村ビル401
03-3291-6475 fax03-3291-6478
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「零細出版人の遠吠え」から(28)=田悟恒雄

偏屈居士、11年後の老人力

大活字本

 電車の中で、どうにも人目が気になってコソコソ読んでしまいました。
 理由のひとつは、そのタイトル。『老人力』。そう、11年も前に筑摩書房から出た赤瀬川原平さんの大変評判になった本です。いわゆるベストセラーですから、天の邪鬼のリベルタ子は、今日まで読んでいませんでした。
 公衆の面前でご開帳に及んだのは、実はその版ではありません。本の表紙には堂々「大活字文庫、22ポイントゴシック体」とあります。A5判、並製、2分冊。本文の組みは何と、22ポイント(32級)ゴシック、20字×8行! 1ページに160字しか詰まっていません。
 そんな本を広げていると、いかにも「席を譲ってください」と催促しているように思われはしまいかとか、遠くからでも覗き読みできるんじゃないかとか、何だか雑念ばかりが頭に浮かんできます。
 まっ、それでもなんとか行きの車内で1冊読んでしまいましたが、帰りに読みはじめた岩波新書のつらいこと。文字が霞んで見えなくなってしまうのには、すっかり往生しました。

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2009年09月01日

編集者の現場リポート=梅田正己

米国知日派の「恫喝」

――M・グリーン米戦略国際問題研究所・日本部長の意見を読む



総選挙の2日前、8月28日の朝日新聞に、「インタビュー/アメリカから見る」として、米戦略国際問題研究所(CSIS)日本部長のマイケル・グリーンの意見がほぼ半ページを使って紹介された(聞き手は伊藤宏記者)。

M・グリーンは、クリントン政権時代も国防総省の日本問題コンサルタントを務め、ブッシュ政権ではホワイトハウス国家安全保障会議(NSC)日本・韓国部長を務めた米国有数の知日派として知られる。
その知日派が、今回の総選挙と、そして選挙後をどう見ているかを語った記事だ。

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2009年07月31日

活字の海を漂って(25)=鈴木 耕

新聞の広告欄を眺めながら

 新聞はわりと熱心に読みます。
 記事だけではありません。日によっては、興味を惹かれる記事がとても少ないことあります。そんなとき、むしろおもしろいのは、広告です。私の場合、特に書籍雑誌の広告には熱心に目を通します。
 「ほう、こんな本が出た。買いに行かなくちゃ」とか、「この週刊誌の特集は、どっかの書店で立ち読みしよう」とか、「これ欲しいけど、ちょっと高いな。文庫になるまで待つか」などなど、ブツブツ言いながら広告を眺めています。3冊ほど欲しい本がインプットされたころに、書店へ出かけます。
 でも、ときには不愉快になることもあります。本のタイトルや雑誌の特集の見出しを見て、「これは、ひでえなあ」と。
 最近では“売国奴”です。けっこう売れている何冊かの本のタイトルに、この言葉が躍っています。
 私も長い間、編集の仕事をやってきました。だから、売るためには強い言葉をタイトルに入れてインパクトを持たせたい、という編集者の気持ちは分からないでもありません。しかし、使ってはいけない言葉というのもあると、私は考えています。

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2009年07月27日

「零細出版人の遠吠え」から(27)=田悟恒雄

読者をバカにし、ダメにし続ける雑誌

出版不況の牽引車!?
 『総合ジャーナリズム研究』(東京社)という、1ページにこれ以上たくさん字を詰められるか!? と、いつも感心させられつつも、目をしょぼしょぼさせながら読まざるをえない専門誌があります。
その2009年夏号の特集は、「『週刊誌』が何をしたのか:雑誌ジャーナリズムの昨日、今日、明日」でした。
 今日の「出版不況の牽引車」とでもいえそうな雑誌の世界ですが、たとえば週刊誌の発行部数でみると、昨08年は11億7400万部で、95年19億4300万部の6割にまで激減しています。
そんな「落日の週刊誌」(?)の現状を横目でにらみながら、日本雑誌協会編集倫理委員長の山了吉さんが、「『週刊誌力』とは何か」を論じています。

「週刊誌は、新聞や放送、通信では知り得ない情報を商品として売り、買ってもらって初めて成り立つ商売である。誰もが知っている情報に購入価値はない。財布から三百数十円を出してでも見たい、読みたい記事があるから成り立つのである。…だからこそリスクを背負ってでも、あえて記事にする。もちろん裁判沙汰は避けたいし、人権尊重、名誉やプライバシーも侵害したくはない。しかし、その相反する微妙な部分にこそ真相が隠れているケースは多いのである。そこにこだわる記事作りに『週刊誌力』が宿るといえよう。」(p.5)

「官に縛られない自由な媒体、言論機関」
 山さんは、「週刊誌力」のもうひとつの大事なポイントを挙げます。「官に縛られない自由な媒体、言論機関」ということです。

「新聞や放送、通信などのメディアは、立法、行政、司法、諸団体などの組織の中に、『記者クラブ制度』という便利な、相互依存の関係を築いている。お互いの関係性から生じる "しがらみ" は時として、政治家個人や諸官庁の高級官僚、○○協会の不祥事などを糊塗してしまいかねない」(p.5)

というわけです。
 しかし、肝心のここんところが、近年ぐらつきはじめているのです。週刊誌に対する目の玉が飛び出るほど高額の名誉棄損訴訟が乱発され、賠償金額は高騰するわ、記事作成にかかる「出版社社長の管理責任」が問われるわ、果ては「当該記事そのものの取り消し広告の掲載」が命令されるわで、さすがの「やじ馬ジャーナリズム」もすっかりビビってしまい、日に日に斬り込みが弱くなるばかり。
「週刊誌は臆病になった」(田原総一朗氏)などと言われる所以です。

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posted by ろばの耳 at 17:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 「零細出版人の遠吠え」から | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする